ウィークリーレポート・マンスリーレポート
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通貨制度は国民の生活の基盤である。健全な通貨制度を安定的に維持することは、経済社会の発展を通じて国民生活の向上に資する。
ただし、採用されている通貨制度は必ずしも絶対的なものではない。制度には正と負の両方の側面があるし、制度は決められた時代の状況を前提に策定されるので、「時間の経過とともに国民生活にフィットしなくなる不都合」な部分も発生する。
その不都合は通常では我慢できるものだが、何か尋常ではない出来事が起こった場合には我慢の限界を超えてしまい、「制度の維持か、幸福な生活か、どちらを優先するのか」、という苦渋の選択を迫られる局面に遭遇する。
幸福な生活を優先して既存制度を捨てる場合、これまで制度の恩恵に浴してきたグループ(=既得権者、今では少数派)からは反対運動が沸き起こるだろうし、前途不透明な新制度に不安を覚える人々も多いだろう。良い将来だと言われても、未知の分野より“悪くても慣れ親しんだもの”を選択する人は多いものだ。
それにも関わらず変化は起こる。制度は人間に奉仕するものであり、人間自身が不都合な制度に服従するものではないからだ。最近では約40年前にその選択の時が来て制度が変わった。神聖な制度とされてきた金本位制を廃棄した1971年のニクソン・ショックがそれだ。
金本位制に関しては第27回:金本位制を捨てた理由で解説したが、抜粋再掲すると、要因1:経済規模の拡大に対し金の産出量が少なく、拡大する経済が必要とする「追加の金貨」が製造できず、経済は常にデフレ圧力を受け続けた。要因2:ブレトンウッズ体制では米ドルとの固定交換レートを維持するために貿易収支の赤字が許容されなかったが、多くの国は貿易が赤字だった。要因3:米国は米ドルの追加発行に見合う金の保有を増加させず、裏付けのない米ドルが増え続けた、である。
金産出量が少ないために世界経済が受けるデフレ圧力を回避する目的で、金保有の裏付けのない米ドルを大量に発行した。世界経済にとって良かれと思ってやった米国のドルの大量発行だったが、フランスが「政府の要望があれば、米ドルを金と交換する」という条項に基づいて、保有する米ドルと金の交換を米国に要求した結果、裏付けのない米ドルという不都合が露呈して制度(ブレトンウッズ体制)を放棄することになったのである。
また、要因1と要因2は経済を下押ししてデフレ不況を引き起こすが、デフレや不景気は蓄えの少ない弱者を直撃する。弱者(個人や小企業)はなけなしの資産を安値で手放すハメに陥る。その結果、デフレ不況がくるたびに金持ちや大企業は焼け太りで資産を増殖させ、貧富の差がますます拡大することになる。人類はこのような不都合から脱却することを決意し新制度(変動相場為替制度)に変更することを決意したのだ。
過去40年間で何度も起こっている不都合は新興国で散見される。新興国内には急速に豊かになるために必要な資金がない。急速に豊かにすると、公約して当選した政治家は先進国の資金を大量に借りて経済発展を目指すが、先進国の投資家は為替の下落を嫌がる。その結果、新興国は安直に「自国通貨を米ドルにリンクさせるドルペッグ制」を採用(もしくは暗黙の採用)する。
ドルペッグ制は金本位制と類似しており、保有する米ドルに等しい金額だけ自国通貨を発行できる。新興国の経済が思わしくなくなり、先進国の投資家の資金が流出を始めると、新興国内の米ドルは減少するので自国通貨を減らさなければならない。しかし、それは有権者から約束違反だと非難されるので、政治家にはできない相談だ。その結果、裏付けのない自国通貨が急増することになり、ドルペッグ制は崩壊し自国通貨は急落する。
典型的な例はアジア危機時のタイバーツだ。新興国ブームに伴い大量に流入していた海外からの資金が脱兎のごとく流出したので、タイバーツは暴落しタイ企業は資金繰りに窮するようになった。なかでも米ドルによって資金調達をしていた金融機関の多くが、預金の取り付け騒ぎに巻き込まれ営業を停止すると同時に、ドル高・バーツ安によって膨らんだ負債(米ドル建て短期借入)の返済が出来なくなり、金融機関の破たんが続出した。このように、新興国内の米ドルの減少という不都合な事実が、ドルペッグ制という制度の変更を強いるのだ。
さて、経済取引にとっては便利で使いやすいような「お金」が望まれる。経済の規模が飛躍的に拡大し、変化の激しい現代社会ではお金の形も急速に変化する、、、
それは次回の話
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